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営農・栽培技術

直播に適した品種って何だろう?

直播に適した品種を育成するときは、倒れないことを第一の条件としています

取材日/平成27年10月1日

平成24年10月、農研機構 九州沖縄農業研究センターは、直播でも倒れにくい主食用の新品種「たちはるか」の開発を発表しました。「たちはるか」は一般の主食用品種より10~20%多収で、なおかつ低コスト生産が可能なため、業務用や加工用としての用途が期待されています。

「たちはるか」の育成に携わった研究者に、育種の経緯や「たちはるか」の特性、さらにはイネの直播適性などについてインタビューしました。

農研機構
九州沖縄農業研究センター
水田作研究領域 稲育種グループ
主任研究員 片岡 知守 さん

根が太く倒れない「タチアオバ」、良食味で病気に強い「みねはるか」

育種は目標に応じて何と何を掛け合わせるか考えるところから始まります。

「たちはるか」の育種では「直播で倒れない(労力を節減できる)」「多収」「良食味」「病害抵抗性がある(薬剤を節減できる)」といった目標を立てました。

これらの目標を達成するために選んだのが「タチアオバ」と「みねはるか」という品種です。

「タチアオバ」は、アメリカの「Lemont」という品種から日本に向くものをつくろうとして改良を重ねてきた品種です。アメリカの稲作は飛行機で広範囲に散播し、収穫も大規模だから、絶対に倒れてはいけないという条件があります。

「Lemont」は根の一本一本が太く耕盤に近いところまで伸びるので、直播栽培したときに倒れにくい。

その特長が「タチアオバ」にも受け継がれていますが、光合成でつくった栄養を根と株もとに重点的に配分するため穂が大きくありません。そのため稲全体を収穫するWCSとしては適しています。

「みねはるか」はいもち病抵抗性に効果の高い品種で、なおかつ良食味であることが特長です。ただし、愛知県で育成された早生品種で、これをそのまま九州にもってくると日長や気温の関係であまり収量がとれません。

「タチアオバ」と「みねはるか」、それぞれの長所を引き出し、課題を補い合う掛け合わせから「たちはるか」が誕生しました。

倒れなくて多収で良食味、病気に強く薬剤を節減できる

「たちはるか」の特性について検証してみましょう。

まず耐倒伏性について。

試験区では土中条播ではなく表面散播(倒伏には最も厳しい条件)を行い、その中で立っているものを選抜しました。掘り起こしてみると、根は「タチアオバ」ほど太くないですが、一般品種よりも太い。台風が直撃しても倒れませんでした。耐倒伏性については合格です。

多収性については、試験栽培において移植も直播も60kg/a以上。いずれも対象品種の成績を上回りました。

倒れないため、直播でも移植と同じくらいに穫れる点に注目してください。直播の対象品種の「あきまさり」も多収ですが、少し倒れるためそこで差がついています。

九州各地の試験研究機関でも試験栽培していただいた結果、いずれの機関でも「たちはるか」は対象品種を大きく上回りました。

九州沖縄農業研究センターでの成績

栽培法
(供試年)
品種名出穂
(月日)
稈長
(cm)
精玄米
重(kg/a)
同左
比率(%)
千粒重
(g)
玄米
品質
移植栽培
(2008〜11年)
たちはるか
レイホウ
9.01
9.02
83
79
63.0
53.1
119
(100)
25.3
23.2
6.8
7.3
直播栽培
(2009〜11年)
たちはるか
あきまさり
9.02
8.31
83
78
65.4
61.9
106
(100)
25.7
22.7
6.3
4.5

病害に強いところも「たちはるか」の強みです。

縞葉枯病には、外国由来で日本で長く使われている遺伝子が入っています。さらに、いもち病の抵抗性遺伝子も導入したことで、薬剤施用の節減が可能になります。

食味については「みねはるか」の良食味性を伝えるために、とにかくおいしいものを選抜しました。何度も食味試験を重ね、数字の上ではほぼ「コシヒカリ」「ヒノヒカリ」と同等のものができました。

これだけ倒伏に強くておいしい品種の誕生は、画期的であろうと評価しています。

味はほぼヒノヒカリ並

品種名千粒重
(g)
品質
(1良ー9否)
食味
(コシヒカリ基準:0)
玄米タンパク質
含有率(%)
たちはるか25.36.8-0.076.2
レイホウ23.27.37.2
あきまさり22.44.8-0.086.3
ヒノヒカリ22.66.60.056.6

直播を導入する人にはいろいろな事情がありますが、これらの特性にメリットが感じられる生産者さんにはぜひ使っていただきたい。

癖がなくとても使いやすいので、安心しておすすめできる品種です。

さらに多収性を高め、もっと強くて倒れない品種を追求していく

「たちはるか」は完成形ではありません。

根が太く強稈で倒れないところが長所ですが、まだ下半身重視でやや穂が小さい。現状でも多収と言えるレベルですが、低コストを謳うのであればもっと穫れないといけない。

「タチアオバ」の特長を受け継いでイネとしてはすごく大きいので、多少穂の方に光合成でつくった栄養の分配率を上げても大丈夫だろうという考え方で取り組んでいます。

直播に適した品種を育成するときには、倒れないことを第一の条件としています。

倒伏の原因はいくつかあって、土中播種しても茎が柔らかいとグニャッと折れる場合があります。デンプンの配分が穂に寄っていて茎から抜けてスカスカになるからです。つまり茎が太ければいいというものではない。もちろん太い方が物理的には強いのですが、中身が詰まっているかどうかがポイントです。

田んぼの中で選抜しながらそのあたりのバランスをとるようにしています。

視察で訪れたイタリアの農場は一経営体が200ha規模で、巨大なブロードキャスターを使い水を張った田んぼに種モミをばらまいていました。それでもイタリアの品種は茎がカチカチで倒れない。

本当の低コストをめざすのであれば、これくらいのことをやらなければなりません。

日本ではまだ先のことだと思いますが、私たちは試験研究機関として、そこを目標にしています。

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