ヰセキトラクタの進化
 


畑作中心の欧米で生まれ育ったトラクタを
如何にして日本の水田にマッチさせるか…。
これこそが日本におけるトラクタ開発の最大のテーマだった。
海外の技術を吸収しつつ、日本型トラクタを完成させた歴史を検証する。

 
■初の自社製トラクタTC10そして名機TB20の誕生へ
   

↑他を圧倒した八郎潟でのテスト。


↑TB20での富士山登頂。

 ヰセキトラクタの誕生は昭和34年。“チェリートラクタ”と呼ばれたTC10・15型です。ビクターオート社の空冷2サイクルディーゼルは、最新鋭のエンジンでした。  昭和39年、TC型のロータリ作業における弱点を克服したTB15が、翌40年にはTB20が発売されます。川崎航空機工業製の空冷4サイクルディーゼルエンジンは夏冬を通して安定していました。小型・軽量で始動性や走行性能、ロータリ性能に優れ、日本の水田作業への高い適性に注目が集まりました。  昭和41年、秋田県八郎潟でのトラクタ性能テストでは、外国製の大型トラクタが次々に湿田に沈んでいく中で、他を圧倒する性能の高さを実証しました。  翌42年には、京都大学農学部トラクタ研究会がTB20を駆って富士山登頂を敢行。見事に成功を収めた様子が全国に放映され、同機の高い性能が社会に認知されました。

■北海道シェアNo.1を獲得 純国産初の大型トラクタ
 
一方、30馬力以上の大型トラクタは、独ポルシェ社と昭和37年に販売代理契約、同38年に技術提携を結びTP219、309、329の3機種を発売。同41年に提携は解消されましたが、ポルシェの優れた設計思想は後々までヰセキのトラクタ開発に生かされました。
 ポルシェの後継はチェコスロバキア製のゼトアトラクタTZ型(37〜85馬力)です。始動性と牽引力に優れた大規模畑作用トラクタでしたが、さらに水田性能を高めたものが48年から生産されました。
 大型トラクタ市場において海外を含む他メーカーとの競争に勝つための純国産機として開発されたのがT6500(65馬力)・T5000(48馬力)です。ポルシェやゼトアの長所を継承しつつ、油圧能力や重量バランスなど大型トラクタに求められる安定した性能をすべて兼ね備え、北海道での販売シェア首位の座を獲得しました。
 
■中型トラクタの礎となった名機TS2400
 
 昭和45年、TB型の後継機となる水田用中型トラクタがTS2400です。水冷エンジン(いすゞ製)を搭載し、水田用トラクタの完成域に近づいた最初のトラクタといわれています。その後のヰセキの中・小型路線は、TS型のバランスや3点リンク、PTO、ウエイトトランスファーなどトラクタとしての基本点を踏襲しつつ、油圧や電装などに最新技術を盛り込んで進化を遂げ、TL型、TA型、TG型、AT型へと受け継がれていきました。
 
↑当時のカタログの表紙
 
 
 
 私とヰセキトラクタ
 


半世紀かけて確立した『畑と牛』を基礎とする北海道型大規模経営。
70歳を過ぎた今、法人経営は息子に託し、大好きなトラクタで畑作に専念する。
「今が一番幸せ。好きな農業を好きなトラクタに乗ってできるんだから」。
 


1町、2町の一枚田は当たり前。
岐阜県屈指の穀倉地帯にも後継者不足のかすかな暗雲が。
それを吹き飛ばすかのようにパワフルな後継者を中心に
さらなる大規模化と地域農業の活性化に乗り出した一家の物語。
   

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