ヰセキ田植機の進化
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ティラーアタッチメント式からフロート式、そして乗用式へ‥、
田植機の進化の過程には常に未知の課題が立ちはだかっていた。
ピンセットで稚苗をつまみ上げる研究から始まった田植機開発の真実に迫る。
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| ■実用化に向けた植付け方式の開発 |
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↑ティラーアタッチメント方式のP4A

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桜田淳子さんを起用した「さなえ」の広告
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日本における田植機の研究は明治31年に遡りますが、昭和30年代までは実用化の目処が立っていませんでした。昭和41年、土付の稚苗(ヒモ状苗)を植える(切断同時植え込み)テイラーアタッチメント方式の動力田植機P4Aを商品化しました。しかし、ヒモ状苗は一般市場での評価が得られなかったため、これに代わるバラ播きマット苗用円筒式の植付け技術を開発。43年、PC20として商品化しました。
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| ■フロート式の初代さなえで
トップシェアを獲得 |
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| 作業中に機体の重みで圃場に沈みやすい車輪式の欠点を解消するため、機体の底部に接地面積の広いフロートを装着し、他社が既に採用していた1輪前傾苗タンク式ではなく、独自の2輪後傾苗タンク式を採用。結果的にこれが大成功を導くこととなります。46年、機体の軽量化、重心バランス、フロートの材質などの研究を重ねて開発されたPF20は「さなえ」の愛称で発売を開始すると、それまでの田植機シェア7.3%を1年で23.5%にまで急上昇させました。 |
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| ■お客様とともに取り組んだ
乗用田植機の開発 |
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昭和50年代に入るといよいよ乗用型田植機の時代です。開発には、人手不足に悩まされていた農家が積極的に試験圃場を提供するなど、お客様と井関農機が一体となって取り組みました。その結果生まれたのがPL620とPL820です。
昭和53年に発売されたPL620とPL820は、業界に先駆けて開発した後方植えを採用しました。四輪駆動方式は圃場条件を問わない安定した植付精度を発揮。運転席に乗ったまま苗補給ができるなど画期的なアイデアがふんだんに盛り込まれ、今日に通じる乗用田植機のベーシックモデルとなりました。 |
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■クランク式からロータリー式へ |
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| 田植機の開発初期における実用化のポイントは、水苗代から稚苗(2〜3葉)を傷めないようにピンセットでつまみ上げる技術でした。田植機の主流が歩行式から乗用式に移行すると、それまでのクランク式に代わってロータリ式が採用されました。従来のクランク式(1条に1つの植込杆)は人間が苗を植える動きをクランクに置き換えたもので、1本の爪で1分間に350株植えるのが限界でした。それに対してロータリ式は、回転するギヤケースの両端に爪をつけて苗を摘み取る方式で、作業スピードをクランク式の2倍に引き上げました。 |
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↑当時のカタログの表紙 |
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