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ヰセキコンバインの進化
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世界初の自脱型コンバインが誕生した背景には
当時、国内随一といわれた最先端の刈取り技術と脱穀技術があった。
3年に及ぶ試行錯誤を経て確立したコンバイン技術は
広く日本の農業発展に貢献している。 |
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| ■刈取り・脱穀技術を一体化させた水稲対応のコンバイン |
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HD50に記された“Frontier”のロゴマーク。

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HD50での収穫。
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昭和37年から政府は農業構造改善事業の一環として大型コンバインの導入を推進しましたが、外国製の普通型コンバインは日本の水田稲作に不向きであるため、日本型コンバインの開発が求められていました。
井関農機では38年から自動脱穀機に刈取機を組み合わせた「自脱型コンバイン」の開発を本格化。当社はそれぞれの分野で国内随一の技術を有していたものの、これを一体化させた例はありませんでした。
41年、3年の試行錯誤を経て、世界初の自脱型コンバインHD50が完成しました。このとき培われた技術は特許解放され、その後の日本農業の発展に貢献しています。
このHD50は本来歩行型でしたが、その後、乗用型の要望が高まってきたため、44年、機体後部に折りたたみ式の座席を設けた乗用歩行兼用型のHD50Rを開発。翌45年には初の乗用型HD650とHD660を発売しました。
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| ■今日の基礎技術を確立した全面刈りHD2000 |
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大型コンバインの夜明けは、初の完全全面刈りHD2000(4条刈り)です。それまでの側条刈りタイプは刈取部が機体の側面にあるため、圃場の外側から一定方向にしか刈ることができませんでしたが、全面刈りタイプは刈取部が機体の前面にあるため圃場のどこからでもどの方向にでも刈ることができました。
そのほか走行部に搭載したHSTや刈取部のY字形搬送方式、車体前方に設けた運転席など、HD2000で採用された機能やコンセプトは今日のコンバインの基礎となっています。 |
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■大きな反響を呼んだ無人コンバイン |
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| 昭和51年、それまでに蓄積したコンバインのノウハウを結集して無人コンバインを開発しました。HD1500(3条刈り)をベースにACD(自動方向制御装置)、ACH(自動刈高さ制御装置)、ACF(自動供給制御装置)、ACT(自動回行制御装置)、ACP(自動袋詰め装置)、ACS(自動停止装置)といった最先端のメカトロニクスを搭載し、完全自動化の無人運転を可能にしました。デモンストレーション用の試作機として28台が生産され、全国の実演会で大きな反響を呼びました。商品化はされませんでしたが、このときの自動化技術は、コンバインの基礎技術として今に生きています。 |
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↑当時のカタログの表紙 |
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私とヰセキコンバイン
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舞台は日本一の「もち米団地」。
もち米特有の穂発芽のリスクを重装備のコンバイン群で回避する。
89組合員のリーダーが語る営農の未来像。 |
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コンバインの履歴は経営のレベルアップと重なる。
父から子へ、そして次の世代へ受け継がれるヰセキコンバインのスピリッツ。
「コンバインもトラクタもJapanは日本の水田に合うようにできてるよ」
地域営農のリーダーの言葉の端々に理想の家族経営像を見ることができた。
(トピックスの一覧)
ヰセキトラクタの進化・私とトラクタ
トラクタ最新情報・開発者からひとこと
ヰセキ田植機の進化・私と田植機
田植機最新情報・開発者からひとこと
ヰセキコンバインの進化・私とコンバイン
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